大人のアスペルガー・ADHDの生き方例②
続・アスペルガーでADHDな生き方
私はアスペルガー(自閉症スペクトラム)でもあり、ADHDでもある大人の発達障害者です。
30歳を過ぎてからアスペルガー&ADHDなことが分かりました。
前回の続きになります。ご覧になっていない方はよろしければ前回分からお読みください。
自立が導く天職への道
大人の発達障害が発覚した私は、少しずつ自分を取り戻す時間が増えた結果、とりあえずの天職であるデータ分析業務と出会うことになります。
ではなぜこのタイミングで、発達障害でも就業可能な仕事に出会えた要因になった天職と運よく出会えたのか?が疑問ですよね。
後々、たくさんの本読みあさったところ、ある一つの仮説が出来上がりました。
天職と出会うには、自分が自分である感覚、つまり自立していることがどうも条件のようなのです。
自分の無意識のベクトルをロジックで修正
私の場合、それ以前は空虚感というか現実感がないというか、自分が自分でない感覚に度々とらわれていました。普通に生活は出来ていましたが、どことなく世界が無意味に見えてなりませんでした。
そしてあるとき、主治医のアドバイスに従って思考してみたところ、自分が自分をコントロールする感覚を取り戻す瞬間がやってきたのです。
本当に、ある瞬間「これが自分か!」という感覚を取り戻しました。
当時、私は妻との意見対立が深刻で、たびたび離婚話にまで発展していました。
私は何となく結婚生活はこういうもので、夫婦はこうあるもので・・・という無意識の前提があったんですが、主治医から「もっとロジカルに家庭運営してみたらどうでしょうか」というアドバイスを元に考えてみると、自分の発言がまるでロジックに欠けていることが分かったのです。
自分の時間をどう使うのかは、一般的には物事の優先順位によって決まります。
しかし当時の自分はそのロジックを飛び越えて自分の実家の都合を無意識に優先していたようでした。
「これはまずい!」
そう感じた私は、すぐさま家族を優先順位の第一に据え、できる限りの時間を家族と過ごすように行動を修正しました。
「別に毎月実家に泊まりに行かなくてもいいのか。」
「実家から何か頼まれたからといって、ウチの家族の時間を使うほど重要なことなのか?」
この発想が生まれたとき、私は実家の呪縛から解き放たれたんです。
この時から先、私はデータ分析の業務に「私」を没入させることができるようになりました。
リスクを取り、意識を外に向ける
そして運よく4回目の転職で外資系企業へ高待遇ですべり込むことができたのですが、何が一番の要因だったかと今思うと、かなりのリスクを取る覚悟をしたからです。
前職は正社員でしたが今回は障害者雇用の契約社員。
未来は約束されていませんでしたので、真剣に自分の能力一本で生きていく(と、このときは本気で思っていました)ことを決めて、本気で入社前から勉強を始めていました。
この覚悟ができた瞬間、当時の会社の空気が大変退屈に感じられるようになったので、まず、社外勉強会へ出て刺激を受けようと考えました。
この辺りは、目標のイメージを強く持つと現在地の居心地が悪くなるという脳科学者苫米地先生の著書と同じ現象が起こっています。
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当時、徐々に「読書会」というものが人気を集めてきている時期でしたので、私もビジネス書系の読書会へ参加するようになりました。
だいたい月に2回程度、読んでみて面白かった本を紹介するスタイルでしたが、これが結果的にさらに自立を促進することにつながったのです。
そのロジックはこうです。
1、自分が伝えたいことを相手に伝えるにはどうすればいいか、を考えたとき、相手の立場へ没入っすることで「無私」がうまれ、本来の自分に近づく
2、自分より高いレベルで思考している人と対話を重ねることで、視点がどんどん上がっていく
これだけはもう間違いがないです。
読書会は、行きましょう。 勉強もできて、一石二鳥です。
さて次回は完結編…になるでしょうか?
少しでもみなさんの生き方の選択肢が増えることを願っています。