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発達障害の「生き方」研究所 | Hライフラボ

転職4回、うつで1年の休職歴あり。30歳を過ぎてADHD・アスペルガーまで発覚した人間が、妻と娘の育児のためにもがいた結果… 「生きづらさ」と戦いながらそこそこ稼ぐためのHライフラボ的・生き方3.0とは?

ザ・ノンフィクション~大人の発達障害物語

(推奨BGM) ザ・ノンフィクション旧テーマ曲 SANSAARA ATARI KOUSUKE Letra e tradução - YouTube

 

「まさか自分が障害者として働くとは、夢にも思っていなかったです。だって、社会に出るまでは全然不都合がなかったんですから」

 

ナレーション(以下ナ):

東京のとある外資系企業。

電話会議用にヘッドセットが使われるため電話が鳴らない静かなオフィスのかたすみに、Yさんの姿がありました。

 

Yさんはもともと障害を持たない普通の人として働いていましたが、数年前に過労が原因でうつ病・双極性障害を患い、それを機に障害者手帳を取得。

 

それでもしばらくは一般枠で仕事をしていましたが、仕事が忙しくなるたびに休みがちになり、仕事場にも迷惑をかけることが多く、働きづらさを感じてたそうです。

 

そして会社の産業医が変わったことをきっかけに主治医を変えたところ、すぐに双極性障害のもともとの原因がADHDとアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)にあると診断を受け、「大人の発達障害」であることがわかったのです。

 

そして、いまは発達障害をオープンにして、障害者としてこの会社で働いているYさん。

Yさんは、どのように自分の障害を受け止め、働き、生きているのでしょうか。

 

普通の真面目な子どもだと思っていました

Q:子ども時代から困っていたことはあった?

 

Yさん(以下Y):特に自分が変わっているっていう感覚はなかったですね。

小学校では成績も良かったです。3段階の相対評価で、体育の中で唯一苦手な水泳が「B」、あとは他の国語や社会とかが全部「A」みたいな感じでした。

 

あ、困ってはいなかったですけど、やんちゃな連中のやられ役みたいなことはあったかもしれないですね。プロレスの技をかけられたりとか(笑)でもいじめみたいな感じではなかったと思います。

あとは・・・少し貧血気味で朝礼が長くなるとしゃがんじゃう子でした。

 

 

Q:「発達障害」と分かって、それらしいエピソードは持っていた?

 

Y:自分では覚えてなかったですが、幼稚園の入園テストでは母親から離れられなくて大泣きしていたそうです。かなり人見知りだったみたいですね。

 

それからデパートに行くと親のそばでじっとしていられなくて、迷子になったこともあったみたいです。

あとは小学校のとき、スーパーで目の前にまるまると太った同じくらいの子を見て「あ、すっげーデブ!」と衝動的に言いかけたところをあわてて親戚のお兄さんから口をおさえられたりとか。

 

 

Q:「大人の発達障害」だと分かったときは、どんな気持ちだった?

 

Y:はじめはもう無我夢中でネットの情報を調べてまわりました(笑)

もともと双極性障害Ⅱ型と言われたときに、先天性の原因が大きいと分かっていたのでそんなに衝撃的でもなかったです。

それで、「AHDH(注意欠陥多動性障害)の特徴」とか見て、「あー、これこれ!」ってなってすごく納得したというか。

 

先送りぐせはあるし、イージーミスは多いし、計画を立てるのも苦手。2つのことを同時にできない。電話しながらメモとったりとか、会議の議事録とったりとかまったく無理。チェックリストの項目には全部当てはまってました。

そのせいで仕事がうまくさばけなくてうつ病になっちゃったんですよね。

 

中学校の頃なんか、夏休みの学校行事で学校寮に泊まりで行く臨海学校があったんですけど、日程を1日間違えて家に伝えていて・・・

家族旅行から深夜に帰ってきてさあ明日準備して明後日から臨海学校だーと思って寝てたら、朝突然親に「Y!学校から電話!臨海学校今日からだって!」って言われてあわてて準備して行きましたよ。

 

みんな学校からバスで一緒に行くのに、一人だけ荷物背負って電車で。乗ったことも無い長距離電車の中で泣いてました(笑)

 

働けない地獄のような日々

ナ:

過労で体調をうつ病を患ったYさんは、当時サラリーマンのうつ病診断と復職支援が得意とされて、メディアにもたびたび取り上げられていたメンタルクリニックで治療を受けました。

 

でもそこは患者が多いこともあって毎週の問診はほんの数分。

Yさんの発達障害は発見されず、誤診のための抗うつ薬が原因で軽躁状態(気分が過剰に高まってしまうこと)も経験したそうです。

 

そうして休職から調子が上がったり下がったりを繰り返しながらの復職活動がはじまりました。

10か月ほどのブランクを経た最初の復職では、頭もまわらず、ろくに業務ができずにすぐまた体調を崩して再休職してしまいました。

 

3か月休養して再復職。今度は軽減勤務の中で1年間続きましたが、回復を期待されて業務が増やされた途端に再び体調を崩して3度目の休職。

 

Yさんは、このなかなか回復できない焦りから精神的に追い込まれてしまいました。

 

 

Y:

この時期は本当に地獄でした。

相変わらずミスは多くて、薬を飲み続けても仕事ができるようになる訳ではなくて。休むたびに引き継ぎをしなければならないし、部署の人に迷惑をかけるのが本当につらかったです。

 

収入が安定しなかったのもつらかったですね。

傷病手当の限度までの期間を指折り数えなくてはいけなくて、あと何日で回復しなきゃ、というプレッシャーもありました。

 

いまは子どもが産まれて専業主婦をしている妻がこのときはまだ働いて支えていてくれたので、本当に経済的にも精神的にも助かりました。

ただ妻も元々精神的に強いタイプではないのでかなり苦労をかけたと思います。妻には感謝してもしきれません・・・

 

大きな転機、大人の発達障害の診断

ナ:

そんなYさんに転機が訪れました。

事業所の移動とともに産業医が変わって、会社に近い別のメンタルクリニックへ転院したのです。

 

新しい主治医は、問診を30分以上かけてじっくり行ってくれ、ときには家族のことなど話題にしてきました。

そしてYさんに合う処方を毎月変えることを1~2回おこなったある日、発達障害の薬とは知らされずに「ストラテラ」を処方されたのです。

 

新しい薬のことはなるべく自分でも調べるようにしていたYさんは、ストラテラのことが書いてあるWEBサイトを見て、いままでの抗精神薬とはなにか違っていることに気がつきます。

 

 

Y:

あれ?ADHDって何?って感じでした。

なんか自分のことがそのまま書いてあるようで、もし自分がADHDだったらピッタリだなと。

 

ただ一応抗うつ薬のひとつでもあったみたいなので、主治医がどんな意図でこの薬を処方したのかがすごく気になって、次の診察日まで毎日悶々としてました。

 

で、次の診察でも主治医からはADHDについて何も言われなかったので、こちらから処方の意図としてADHDを疑っているんですよね?って最後におそるおそる聞いてみたら、もちろんそうですと。

 

そのときにふっと肩の力が抜けたことは、鮮明に覚えています。

 

 

ナ:

しばらくしてアスペルガー症候群も併発していることが分かったYさん。

それから、Yさんの本当の自分探しがはじまりました。

 

WEBサイトで発達障害についていろいろ調べてみると、Yさんは自分がアダルトチルドレンの症状とも関係が深いのではと思うようになります。

 

発達障害は遺伝とも強い関係があり、本人が発達障害だと診断されるとその親も何らかの発達障害の特性がある可能性が高いのです。

 

そうした発達障害の要素が強い家族は主にコミュニケーションの問題で機能不全になることが多い、という情報があったからです。

 

確かにYさんは父親とはあまりうまくコミュニケーションを取れず、思い当たることがいくつかありました。

 

 

さらにこのとき子どもが産まれていたYさんは、奥さんとのコミュニケーションがうまく取れず、関係がとても悪くなっていました。

それにともなって体調も悪化。当初3級とされていた障害者手帳の等級も、このときの更新では2級になっていました。

 

何度も夫婦げんかを繰りかえして離婚寸前までいってしまっていたYさん。これから先の仕事をどうしていくかの見通しもたたず、妻と子を置いてひとり失踪することも考えたとか。

 

しかし主治医のアドバイスもあって手紙を使って気持ちを表現したり、もっと家族運営を合理的に考えるようにすることでお互いのニーズのギャップを埋めていくようになりました。

そしてそのプロセスを経る中で無意識に実家に依存していた心を自分でコントロールできるようになっていったのです。

 

いまでもYさんの本棚には、「成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群―社会に生きる彼らの精神行動特性」「成人期の自閉症スペクトラム診療実践マニュアル」といった医学専門書だけでなく、

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をはじめ、「旦那さんはアスペルガー」など奥さん目線からの本も並んでいます。

 

 

Y:

妻はそういう本を買っても読んでくれないですね。もう自分のことで神経をつかうのはうんざりみたいです(笑)

 

子どもが産まれて、自分も子どもと一緒に成長してこれた面も大きいと思います。

アスペルガーらしく自分はマニュアル本でまずは情報を集めるタイプなので、評判のいい育児本をたくさん読みました。

 

子どもの心のコーチング―一人で考え、一人でできる子の育て方 (PHP文庫)

お父さんだからできる子どもの心のコーチング (PHP文庫)

0歳からはじまる子育てノート―エリクソンからの贈りもの

赤ちゃんの心理学

父性の復権 (中公新書)

 

こういった本のほうが、いわゆる大人の発達障害をテーマに書いた本よりも自分に足りていないものは何なのかが良くわかりました。

 

だから自分は毎朝出勤するときは必ず子どもとギュっと抱き合って愛情表現したり、なるべく子どもの自立をサポートする立場で、教育者としての父親でいたいと思っています。

 

これらの本を読んでみて、ああ、自分はあの家族の中で育てられていたんじゃなくて、極端にいえばただ飼われていただけなんだって、思いましたね(笑)

 

得意分野を見つけ転職

ナ:

大人の発達障害であることが分かったYさんは、自分に合った仕事をしたほうがいいと思うようになり、職種変更には厳しい年齢ではありましたが数年前に思い切って転職をしました。

 

転職先は、外資系のメーカー。発達障害をオープンにした障害者雇用枠での入社でした。

でもYさんは仕事で英語を使ったことがありません。前職の経験が生かせるとはいえ、あたらしい環境での障害者雇用に大変なことはないのでしょうか。

 

 

Y:

上司が障害に対してとても理解のある方だったので、仕事はやりやすかったです。

 

外資系だったこともありますが、出勤時間も特に気にしなくていいと言ってくれたことはとても助かりました。

 

こちらもワークロードや仕事内容、体調のことなどを一定のフォーマットにまとめて自主的に毎週送っておいて、コミュニケーション不足を補うようにしていたので、急に仕事を増やされて苦労するようなこともありませんでした。

 

昼休みは一人で落ち着いて休憩しながら食事したくて、上司と一緒にランチしてコミュニケーションを取ることができないので、そこは自分で工夫していました。

 

ただ、いまは上司が変わってしまい外国人になりました。

そうなるともっとこのあたりは適当です。そもそもたとえ一緒にランチへ行っても、微妙な心理状況まで英語でコミュニケーションできないですから(笑)

 

 

苦難を乗り越えて、充実の日々

ナ:

以前の会社では主に購買・企画職を担当していたYさん。

いまはデータ分析の仕事にも慣れ、昨年には障害者雇用でありながら成果を上げ、四半期の最優秀賞も受賞したそうです。

 

これから先、Yさんはどのような未来を描いているのでしょうか。

 

 

Y:

ストラテラのおかげでイージーミスは少なくなりましたが、仕事の先送り症状などがまったくなくなったわけではなくて、仕事では苦労したり迷惑をかけたりすることが多いです。

 

その分、しっかり貢献できるところでは貢献して成果を出したいし、それ以外のことはできるだけ頑張って、失敗やうまくいかないことがあっても結果は結果として受け止めて、落ち込むのは人間だから仕方ないですがすぐにリカバリーするようにしています。

 

このまま会社の中で働き続けるかは分かりません。

 

先月ブログを書き始めてみて、いま自分は本当に、同じような大人の発達障害で悩んでいる人が少しでも元気になるための役に立ちたいと思っているんだな、と思うようになりました。

 

だって・・・普通は残業で夜中の1時に帰ってきて、そこから3時間ブログ書いてから3時間寝て出勤するとかありえないじゃないですか(笑)

 

そんなありえないことができているんで、しばらくはそこにフォーカスしていきたいと思うんですよね。

 

それでもっと言うと、大人の発達障害の方だけではなくて、自分のやりたいこととか夢とかが見つからないすべての方へ、何か人生生きてて充実感あるなーって思えるようになるためのアドバイザーとかを、やってみたいです。

 

自分の子どももどんな影響を持って生まれてきているかまだはっきりと分かっていませんが、その子がどう育っても生きていけるような発達障害者インフラというか、人間の教育に関するインフラ整備もしていきたい。

 

でもこう考えると、もし自分が大人の発達障害じゃなくて、人生順風満帆、何もおこらずにこのまま人生を終えていたことを思うと、いまのほうが何倍も幸せなんじゃないかって思います。

まあそれも、いまだから言えるんですけどね(笑)

 

 

(推奨BGM) ザ・ノンフィクション旧テーマ曲 SANSAARA ATARI KOUSUKE Letra e tradução - YouTube

 

※本記事は、4月2日の世界自閉症啓発デーに合わせた啓発記事として、id:nanaoさんのソーシャルアクション呼び掛け(【募集!】4月2日の世界自閉症啓発デーに向けて啓発記事をコラボしませんか? - うちの子流~発達障害と生きる)に賛同し寄稿したものです。シェア、ツイートなど啓発デーと発達障害啓発週間の認知拡大にご協力よろしくお願いいたします。

 

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